どんぐり学舎

かてごりー:子どもとのくらしの中で

「かわいそう」の向こう側

また長女に尋ねてしまいました

「テレビを見なくて、ゲームを持っていなくて、寂しい思いをしたことは、ない?」

長女、即答、「ない!」

 

周囲はみんなゲームを持っていて、「友達と遊ぶ」=「ゲームを持ち寄る」のが普通、

という低学年の親御さんの悩みを聞いて、考えながらの帰り道

 

新年度になり、新しい塾生さんが加わったどんぐり学舎

お子さんの体験授業の後日に必ず行っている親御さんとの面談での話題も、

もっぱら「ゲームについて」

 

みなさん、悩んでいます

 

すでに持たせてしまっている方が、子どもからそれを取り上げることは

とっても大変なことのようです

 

毎年、毎年、同じ事を相談され、毎年、毎年、同じアドバイスをします

結論、取り除くことが最もよい選択です

ゲームの時間は0時間が基本

3年生までは持たせない、それが基本です

 

どんぐり学舎に入ろうとしてくださる方はみんな、

ここが「ゲーム持ってると入れないらしい」教室だと知っている方ですから、

以前より話は早いのですが、共通する親御さんの悩みは

 

「よくないとはわかってる、でも、子ども同士の人間関係や、遊び、

みんな持っているのにうちの子だけ持たせない、遊びに交われないのは

かわいそうで…」

切ない表情でそう相談されると、

確かに、そこに見える親心を理解することはできるのです

「我が子にさみしい思いをさせたくない」

その思いは、よくわかるのです

 

そうですよね

と一緒に頷きながら、でも、その 「かわいそう」 の向こう側について、

やはり、冷静に、じっくりと、親御さんには考えていただかなくてはなりません

 

我が家の子育てにはテレビもゲームも存在しませんが、

「少しくらい見せなきゃかわいそうだ」「学校で話題についていけないんじゃないか」

「今は持っているのが普通なのに持たせないなんてかわいそうじゃないか」

言ってくる人もいました

身内にもいるくらいです

 

わたしには迷いはありませんから、そんなことを言われても動じはしないのですが、

注意深く我が子の様子を見守ることは怠りませんでした

本当に「かわいそう」なのか

本当にテレビやゲームがないことで友達作りに不自由するのか

我が子がわたしの意志を察して無理しているようでは意味がないからです

 

現役の小学校低学年の次女には直接的なことはあまり尋ねませんが、

中学生になった長女には時々尋ねてみるのです

小学生時代を振り返って、また、自分以外の

特にゲーム仲間が結束を固めやすい男児について

振り返ってもらうのです

長女の分析では

「低学年までじゃない?」

という訳なのです

これは、

わたしの分析とぴったり合っているのです

長年子どもたちを見てきて、また、発達心理学や幼児教育を学んできて

わたしなりに分析した結果では、

低学年の児童の特徴として、

「自分と同じか、違うか」ということが色々なことの判断基準になると感じます

だから「お前、持っていないのかよ」とか

「持っていないなら遊ばない」とか

平気で友達に言うのです

言われた子は「持っていないからあんなこと言われた…」と親に訴え、

自分も持ち、仲間に入りたい、と懇願するのです

でも、

そんなこと言うのは低学年児童だけ、もしくは、精神的に成長していない高学年の少数

長女は言っていました

「(5,6年生の時)ゲームの話なんかしてる子いなかった」

「逆に、ゲームの話題なんか出したら引かれるよ」

という長女の思い出は、

長女の周囲にたまたまゲーム好きの子が集わなかっただけかもしれませんが、

男女の区別無く誰とでも仲良しだった長女とクラスの仲間たちの間で、

ゲームの話題が中心になることはなかったようです

もしかしたら家に帰ればひとりでゲームをしているのかもしれません

家族で出掛ける時には、よく見かける全員画面凝視状態、なのかもしれません

でも、学校でゲームの話はあまり聞かなかった、と

…これは、長女以外の高学年の生徒たちも言っています

まあ、どんぐり学舎の塾生だから、

やはり周囲にたまたまゲーム好きが少ないだけかもしれませんが…

そして、忘れられないひとりの生徒の発言

高学年になってもゲーム機を1台も持っていなかった生徒です

親御さんの意志で、(その子は野球を頑張っていたのですが)

野球だけじゃなく、勉強もしっかりと。とわたしの塾に入っていたのですが、

当時、固定型のゲーム機が数種類、そして携帯型、と

一家に何台もゲーム機があるのが当たり前のような時代でしたが、

その家庭にはゲーム機は皆無

授業の合間に別の男子たちがゲームの話を出した時、

見たことはあるけど持っていない彼は「ふっ」と笑って言ったのです

「おれ、1個もゲーム持っていないんだぜ、すげーだろ」

勉強も、野球も頑張っていた彼の言葉は強く響きました

わたしはあの時の彼の目を忘れられないのです

もしかしたら

欲しかったこともあるかもしれない

でも、周囲がゲームの話をしても卑屈にならず、

持っていない自分をすげーだろ、って言える彼は

この先、なにかで挫折することがあっても、何度も立ち上がることができるだろうな

大げさながら感じました

(実際、彼は様々な活躍ののち、立派な社会人に成長しました

迷い、悩みながらも、きっとこの先も大丈夫です)

 

持たせないと「かわいそう」の向こう側、考えていただけましたか?

わたしはいつも、ちいさな子どもがゲーム画面に夢中になっている姿を見ると

「かわいそうに…」と思うのですよ

キラキラした瞳が、画面を追っているのを見ると、「あーあ…」と思います

声を掛けても聞こえないみたい

挨拶しても上の空

子どもが大好きなわたしは、まっすぐ見つめ合えないのが本当に寂しいです

 

せめて、3年生までは頑張りましょうよ

そう言うと、

「4年生になったら買い与えても?」と質問されました

欲しがりもしないのに買う必要はないけれど、たぶん、3年生までなかった場合は、

そんなに懇願されないはずです

それまでに、たくさんの自然遊びと、いろいろを「あじわう」経験を積み重ねていれば、

もうそんなに欲しがらなくなっているはずです

 

何人かの面談の中で、「ゲームはいやなので買いませんでした」という親御さんもいました

男児の親御さんです

「保育園がゲーム否定だったので」というスタートで始まったその家庭の子育てに

ゲームは存在しなかったそうです

高学年になり、結局買ったそうなのですが、没頭するようなことはなかったそうです

今でも、制限はかけてあり、いつまでもしていたり、どこへでも持ち歩くような習慣はないそうです

それを、親が許可していないのです

 

できますよ、要するに、親子の問題なのです

親が「なんで買ってあげないの?」という周囲からのプレッシャーに負けないでいられるかは、

我が子の頭脳をどれだけ全力で守りたいか、にかかっています

「かわいそうに…」と言われたら

「持たせる方がかわいそう!」と反論するか心の中で反論

まあ、声に出したらこの先、生きづらいかもしれないから、心の中でを推奨しますが(笑)

わたしは仕事柄その思想が知れ渡っていますし、聞かれれば正直に答えますから、

うちの子がゲームを持っていないことも、テレビを見せずに育てたことも、

結構知られています

だから、と距離を置いている方ももしかしたらいるかもしれません

あんな変人の家の子と友達になるんじゃありませんよ!ってささやかれているかも!(笑)

でも、

いつでもおいで、とオープンにしている我が家にくる子たちは、

ゲーム機を持ってこないし、うちにあるボードゲームやカードゲーム、

庭の小屋や草花で思い切り楽しそうに遊んで帰ります

 

なくても大丈夫ですよ

ないほうが、子どもらしい子ども時代を過ごせるのは間違いありません

ないほうが、自ら遊びを考える

(=自ら学ぶ子になる。これは絶対なのです。遊び=学びですから)

ないほうが、心豊かに育つ

ないほうが、周囲の細やかなことに対する観察眼を研ぎ澄ます

ないほうが、優しく穏やかな子になります

 

あっても、うちの子は優しいし、賢いし、いい子だよ!という方、

なければもっと!なんですよ

こんな「当たり前」の時代だからこそ、ないほうが、すんごい子に育つかも!

楽しみでしょ!?

 

子どもがどうしても欲しがったら、親を納得させるだけのプレゼンをさせましょう

間違っても「持たせておけばおとなしい」「待ち時間や車中の退屈しのぎになる」

「親が変に思われるのは苦痛…」などという、「大人本位」の理由で買い与えないようにしましょう

親を納得させるだけのプレゼンができるようになるのは、

早くても4年生くらいからじゃないでしょうか?

そして、持たせるなら覚悟を。

ゲームを買い与えるなら覚悟を

そして、「かわいそう」なのはどっちか、冷静にお考えを

もちろん、

すでに持たせてしまっている場合、

やめさせるのは至難の業でしょう

禁断症状が出て、荒れれば荒れるほど、その「依存度」が明白になってきます

そして、「やめた」からといって、すぐに全てが改善されるわけでもありません

ゲームをしていた期間と、依存度に因ります

でも、丁寧にリセットしていけば必ず取り戻すことはできます

(なんか、タバコみたい…)

 

悩み、苦しみながらも、持たせない!と頑張っている親御さん

応援しています

つらい時期は最初だけです

「かわいそう」に見えるのはもしかしたら満たされていないからかも

別のことでもっと子どもを満たし、ゲームは必要ないな~って思わせないと

でも、そんな親の努力も最初だけです

子どもが自ら遊びを探し、学び取るようになれば親の出る幕はなくなります

結局、その方がずっと「楽」なのです

 

与えて、約束を守れなくなって、依存症みたいになって、

勉強しなくなって、めんどくさがり屋になって、目が生き生きとしなくなっていく我が子を

それでも叱りとばさなきゃならないなんて、

その方がずっと「かわいそう」だと思いませんか

ぷろふぃーる
« 2017年07月 »
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

あーかいぶす

最近の記事

かてごりー

どんぐり学舎 RSSフィードはこちら