どんぐり学舎

かてごりー:子どもとのくらしの中で

なんでそんなこと言うの?

あまりに教室がせまいので(教室といっても我が家の中の小さな一室)

隣のリビングの一部を教室の延長としてパーテーションで仕切り、

そこに小さなテーブルを置いて、

問題が終わった子や、早く来た子はそこでゆっくり過ごせるようにしました

い草のラグマットが気持ちよくて、わたしもついつい座ってしまいます

その横には金魚(うちで卵から育った金魚のきょうだいたち)と

メダカの水槽がひとつずつ、

そしてゴールデンハムスターのケージがおいてあり、

小さな生き物を好きなように眺めて癒されるスポットを作っています

 

魚も、ハムスターも、見ていて飽きないし、可愛いので、

わたしも夜中にひとりでぼーっと時間を忘れて眺めていることもあります

 

うちに来る子たちの反応は様々です

生徒さん、近所の子、知り合いの子、

とりあえず気づくと眺めるのですが

第一声「きもっ!」

という子が多いのにはびっくりです

もちろん「かあーわーーいーーー!!」と黄色い声を上げて喜ぶ子も

 

先日は、わいわい眺めているうちに

 

「これ、いつ死ぬの?」

 

「親に飼いたいって言ったらネズミみたいでキモイからダメだって」

 

「すぐ死ぬからダメだって」

 

そんな言葉に、

複雑な表情で、大切な小さな友達を見つめるわたしの次女

毎日、毎日、世話をして、声をかけ、とても大切に育てているのです

 

思うのは勝手です

「どうせすぐ死ぬのに」「だから飼いたくない」

と、思うのは自由です

そういう考え方が間違っているとは思いません

その通り。必ず別れの時はやってくる

悲しいけれど、その覚悟をして世話をしているのも事実です

大人はね…

子どもたちは、考えたくもないでしょう

 

声に、出すことでしょうか

心が…育っていないのか

声に出して言ってみたいのか

ウケをねらって言っているのか

 

そんな子どもたちの声を聞いていて、随分昔の子どもたちのことを

思い出しました

子育て支援の仕事を兼業していた頃、

赤ちゃんクラスの部屋で集まって遊んでいたら、

その部屋のある建物が建っている公園内に、

隣接する保育園の子どもたちが竹馬の練習にやってきました

年長さんらしき男の子たちが窓越しに見えるわたしたちを見つけると

どやどやどやっと履きだしの大きなガラス戸のところに押し寄せてきました

興味深げなまなざしに一瞬「なにを言う気だろう…」と不安に思ったのも正直なところ

でも、リーダー格らしき大柄な男の子が

 

「見て!かわいい子たちがたくさんいるよ!」

 

すると次から次へ「ほんとだ!」「赤ちゃんだ!」「かわいいなあ!」

 

たくさんの赤ちゃん、若いお母さんたちは嬉しくなって、

「お兄ちゃんたちすごいね!」「竹馬かっこいいね!」と声をかけました

たったそれだけのできごとですが、心があたたまる交流でした

なんと優しく、たくましく、心豊かな子どもたちだろう、と感激しました

 

あれから何年たったのでしょう

あの時の年長さんは、すごくすごく大人に見えました

小さな赤ちゃんを愛しむ姿は心豊かな大きな人間でした

そんなに大昔の話ではありません

 

いま、小さな生き物に対して、また、ちょっとしたできごとに対して、

「キモイ!」

という言葉は決まり文句のように出てきます

小さな虫

小さな魚

小さな貝

小さな埃

別に、気持ち悪くもないものにも、「キモイ!」

そりゃあ、友達にも、平気で言いますよね

何度も口にすると、言葉はどんどん言いやすくなります

軽く、出てくるようになるのですから

「死ぬ」「殺す」も同じです

目の前で大切に世話をされている小動物を見て、

また、それをかわいがる小さな子を目の前にして

「いつ死ぬの?」という言葉を発する

 

自分が吐き出すのは勝手なことで、なんの苦もないでしょう

でも、

それを受ける相手がいるということを、感じずに吐き出すのはやはり

心が育っていないからなのでは、と疑わざるを得ません

 

学校でみんながつかう言葉だから

学校で覚えてきてしまうの

いろいろ言い分はあるでしょうけれど、

家庭内での言葉はどうなのでしょう

それぞれの家庭で、気をつけるべきことってあるのではないでしょうか

 

とある、お子さんに教えてもらった絵本が届きました

わたしは、たぶん早口な方ですが

子どもと話す時はなるべくゆっくり話します

絵本を読む時はさらにゆっくり話します

小学校3年生にまだ絵本を読み聞かせしているの?と思いますか

この威力はすごいです

もちろん、絵本の質によりますが、この絵本は素晴らしかった

 

写真では伝わりづらいのですが、このフクロウの子どもが

ふわふわで

なにかと手助けをしてくれる小さなネズミが

それこそうちのハムスターにちょっと似ていて

かわいらしく、優しく、知恵がある

確かに読んでみると3年生には幼稚な内容かもしれません

でも、ゆっくりネズミとフクロウのやりとりを読み聞かせるうち、

学校から帰ってきたばかりの次女の心身が

ほろほろとやわらかく、あたたかくほぐれていくのを感じました

 

読み終わるとしばらくじっとしていた次女は

「…かわいい…」と

絵本の中のフクロウの子の羽をなでました

いかにも!

ふわふわで、つい触りたくなるような、抱っこしたくなるような、

わたしも同じように感じていましたので

 

それから、次女と今読んでいるのは

ナルニア国物語(全7巻)

色あせて、やけてしまっているのは、

わたしの小学生時代の本だからです

当時たぶん流行していたこのシリーズは、

時系列にともなわない配列の7冊で

『ライオンと魔女』から読み始めるのですが

実はその後に読む本の中に「ああ、そういうことだったのか」という

起源が隠されていたりする、とてつもないスケールのファンタジー物語です

瀬田貞二さんの訳で、現代の小学生には難しいかな、という日本語ですが

もちろんそのまま読んでいます

なにしろ、日本語が美しい

挿絵はほとんどなく、出てくる生き物や人物についての描写は全て言葉ですが

次女は想像しているのか、くすくす笑ったり、

戦いのシーンでは「うっ」と息をのむ音が聞こえたり、

「あーーっ」とため息を漏らしたり悔しがったり

読み聞かせているわたしも一緒にドキドキしながら

たぶん、自分では何度も読んでいるのに、また感動しながら、

その世界に浸っている、という感じです

 

もちろん

「キモイ」「うざい」などという言葉は出てこないし、

強い者が弱い者に対し権力を振りかざすところは

相当卑怯者として描写されているし、

自分では味わえない不思議な冒険の様子を本で読むだけで、

まるでその一員に加わったかのような緊張感と恐怖と喜びに満ちる時間です

子どもの「心」が揺れ動くのを感じながら読み聞かせる、幸せな時間です

 

仕事柄、読んであげられる日は限られていますが、

必ず時間を作って読んでいます

 

もし、お子さんを心豊かに育てることを難しいと感じるなら

よい絵本を手にとって、

心があったかくなるような絵本を通じて、

子育てをしてください

 

そして、絵本の読み聞かせはいつまでもしていいし、

並行して児童書に移行し、ずっと、一緒に読書を楽しむことができます

 

それが、自然体験などとの相乗効果を生み、

心は穏やかに、優しく育つはずです

 

本当は、優しい子なんだと信じたい

なんでそんなことを言うの?と問いただそうかと一瞬思いました

宿題や、習い事に追われ、

いつも目つきが鋭いのです

トゲのようなものが、体全体から出ている(私にはそう見える)

そのままじゃダメでしょう

そのトゲを、やわらかい羽毛のようなものに変えてあげることは

親にはできるはずです

 

自分の発する言葉が、発した瞬間に相手に突き刺さることを

知らずに大人にしていいのでしょうか

 

子どもを取り巻く言葉の環境を、

よく見直してみてください