どんぐり学舎

かてごりー:小中学生のこと

宿題免除カードを妄想する

サッカーの審判がポケットからひょい!と出すイエローカードみたいに、

改札でかざすとぴぴっと開くカードみたいに、

どやどやとなだれこんできた捜査員が

ばん!とかざす捜査令状みたいに、(←ドラマでしか見たことないけど)

ぱっと見せるだけで「はい、了解しましたー」と一件落着するしかないような

そんなカードがあったらな…と

毎日、毎日、「宿題」のことで悩んでいる親御さんの相談を受けていて思うのです

 

宿題そのものについて考えてみると、

・漢字練習

・計算ドリル

・音読

という、かの有名な「お粗末三点セット」がどこででもスタンダード

 

漢字に興味があって、いろんな使い方を覚えたくてうずうずしてる子にも、

なかなか覚えられず苦戦している子にも、

おんなじだけの漢字練習の宿題が出ます

 

解き方を理解すれば何度も反復しなくても

すればするほどいやになる計算ドリルも

おんなじだけ与えられます

 

そして、

国語の教科書の「いま習っている」文章の

繰り返しの音読を毎日「家でも」させるための音読です

 

えーーー

この三つの中で、

中学生、高校生になって、自主的に、積極的に勉強に取り組むために

大いに役立つものはどれでしょうか

それから「今話題の」思考力養成には?

 

この話になると必ず出てくるのは、

…これは、計算反復系の教室で育った方も必ずおっしゃることですが

「ちゃんとこなすことで、忍耐力がついたし、基礎学力が固まった!」

という反論です

…それはよかった。おめでとうございます。

 

でも、長年、小中学生の勉強をサポートする仕事をしてきたわたしは

確信しているのです

 

それ「だけ」じゃだめなこと、

それ「ばっかり」じゃだめなこと、

そして、

いま、学校内でのことはもちろん、家に帰ってきてからの環境など、

子どもを取り巻く環境は

数十年前と比較しても別世界、まるで異国のように

わたしたちの育った頃とさえ違います

 

率直に言うと「自由がない」

遊びも、勉強も、「自由」が許されない現代、

子どもたちが学校から強制される「宿題」によって

どれだけさらに「学ぶ」ということに制限がかかるか、

そろそろプロの教育者である学校の先生は、

現実としてしっかりと捉えないといけないと思うのです

 

このことについて、数人の「現役教師」「現役管理職」に

提言したことがあります

 

ある教師は言いました

「その3点セットは、いわゆる底辺の子たちのために始まった」

どう頑張っても漢字が覚えられない子のために、

クラス全員で漢字練習をすることでなんとか覚えてもらおうとしたのが始まりだと

わたしは尋ねました

「それは連帯責任かなにかですか?」

「そういうわけでは…」

「もうすっかり覚えている子にも、10回、20回と書かせることの意味は?」

その教師は、

「各家庭でその子に必要な分だけやってくれればいい。

 そう相談してくれれば喜んで対応する。」と、

いつかテレビの教育特番で、

尾木ママが「どんな先生でもそうしてくれるわ!」と断言していた「神話」を

実際に言ってくれました

(実際には、「どんな先生でも」なんてあり得ません)

 

ちょっと脱線しますが、

帰国子女の生徒がいます

英語が日本語より堪能なくらいです

中学生になり、普通の公立学校なので英語も最初から授業を受けていますが、

ある日その子は英語のノートに中1の教科書の単語練習をしているのです

唖然として聞いてみると、一切のアレンジも免除もない、とのこと

これは私たちが海外の学校で日本語の初歩の授業を受け、

ひらがなの練習をさせられるのと同じ事ではないですか

たったひとりのその子のために、宿題をアレンジすることも免除することも

しようとしないのでしょうか

 

さて、

話を戻します

ある管理職教諭は言いました

「でも、学校が『緩める』わけにはいかない」と

これは、今の子どもたちの環境や、この時代における宿題の意味や存在感について

わたしが話したことに対する返答で、

半ば呆れたような言い方でした

わたしは言っています

相談してきた方には「緩める」ことについて、ずっと、ずっと、言い続けています

子どものために環境を見直すこと、習い事や、メディア接触によって

子どもの自由が奪われているという現実を、伝え続けてきました

できれば、家庭がもっと賢く、強くなって、

DMや、CMや、うわさ話や、流行にまどわされず、

子どもの環境を整えることができていたら、こんな時代にはならなかったのかもしれません

確かに、家庭はどんどん、子どもを追い詰めて、

学校にも「宿題をもっと出して」と要求して、

それに応えて学校も宿題を増やし…とどんどんどんどん、悪循環

そんな時代の変遷を見てきた管理職の先生だからこそ、

「悪いのは家庭でしょ」的な(そこまでじゃないか…)

「学校が緩めるなんて変」という反論をなさったのでしょう

 

ちがう、ちがう

わたしは学校から最初に動き出してほしかったのです

「子どもにもっと自由を」と、

習い事や、テレビやゲームに没頭する時間は危険だと発信し、

宿題も厳選し、翌日の授業が楽しみになるようなものに工夫し、

プロ集団として勉強を重ね、意見を出し合い、

子どもたちを本気で心豊かに賢く強く優しく育てるために

何が必要で、何が不要か、本気で議論してほしかったのです

 

わたしがもし学校の先生だったら

新しく習った漢字を使って言葉や文を作ってくる宿題と、

新しく習った計算なら「1問」だけノートに大きく解いてくる宿題を

出せというなら出すかなあ…

 

でも、よくよくよーーーく考えても、

宿題は不要だな、と思うのです

わたしが出そうとする宿題だって、

それをしたからなにになるのか?疑問です

どんなにささやかな宿題でも、ルーティンになって飽きられます

で、気合いを入れてもっと子どもが夢中になるような宿題を…?

それは、授業で充分なのではないでしょうか

授業そのもので、考えることを経験させること、理解を深めること、

反復練習ではなく、興味を持たせることで習得させること

それが教師の仕事ではないでしょうか

 

少なくとも毎日、宿題を試行錯誤して自作している先生は

ほとんどいません

出来合いのプリントやドリルで、ページを指定して黒板に書いておき、

ひどいことに

翌朝、「宿題係」にそれをチェックさせています

出来合いのプリントやドリルを宿題に出して、

子どもたちの家庭での時間まで管理しておいて、

提出先は子どもたちです

間違えて練習していったのを指摘してくれる先生もほとんどいません

見ていないのでしょう

「見る暇などないのだ!」と怒られそうです

だったら軽はずみに宿題など出さないでいただきたい

出したなら、

子どもたちが一生懸命(親に叱られながらも)埋めてきたその1文字1文字を

ちゃんと受け止めていただきたい

そんなことができないのなら、できる分量だけにしていただきたい

でもそんなことに時間を費やすくらいなら、

毎日毎日、子どもたちが食いついて前のめりになるような、

魅力的な授業をするための研究を怠らないでいただきたい

それが仕事なのですから

 

さて、宿題はまるで諸悪の根源のような書き方をしてきましたが、

家庭で守るべき事を守った場合にのみ、

「宿題免除カード」は使えることになります

 

前述しました

「遊びも自由じゃない」と

いいえ、遊びは自由です

自由にテレビを見て、ゲームをしています

テレビを見ること、ゲームをすること、

それって「自由な遊び」だと思いますか?

実際の脳内は全く自由ではありません

子どもがテレビを見て、ゲームをするのは「自由」とはかけ離れています

どんな脳を使いますか

どんな自主性が動きますか

「受け身」の遊びでは、最も大事な部分が麻痺するばかりで、成長はありません

これはもう、何度も書いてきていることで、これからも何度でも書きますが、

今回のテーマから逸れるのでまたいつか…

 

突然出てきた「宿題免除カード」ですが、

まずは「ああ、それね」と学校の先生が知っているということが前提です

そして、宿題以外の環境設定をしっかりと整えたご家庭のみ使えます

 

明らかにおかしな決定がくだされ、明らかにおかしな変更があったことに対し、

「わたしたちはなんにも。お上からのお達しですから」と

平然と言ってのけた先生

実力のある、賢い先生だと思い始めていただけに衝撃的でした

「昔はよかった」と、もうちょっと自由だった時代のことを、

懐かしく話しあったこともありました

それなのに

「おかしい」と言うこともない

言うつもりもない

「お上」からのお達しですから

 

いいですよ、先生達もサラリーマンです

組織の一員として、勝手なことはできないのは百も承知です

教師聖職論…なんてもう古典の話…悲しいけれど

でもね、

「宿題を増やしてくれ!」という保護者もいれば、

「うちは宿題は不要です」

という保護者もいるということ、

それは、「勉強なんてさせなくていいので」という要望かもしれないし、

都会の「お受験」家庭のように、

「もう、そのレベルの勉強は必要ないので」という個人的事情かもしれません

わたしたちのように「反復学習や、闇雲に出された内容ではいや」という

子どもの脳の発達や情緒などしっかりと勉強した上での意見かもしれない

いずれにせよ、

家庭学習は家庭の采配で、責任で

という原則をしっかりと理解していただきたい

 

漢字練習をいっぱいした子が漢字が得意になるなんて、

先生達も信じていません

計算ドリルをきれいに完璧に解いてくる子が、将来数学が得意になるなんて、

もちろん信じていません

現に、宿題を完璧に守り通した子が

中高生になって苦しんでいる姿をわたしは数え切れないほど見てきました

かわいそうに

先生が出した指示を守り続けただけなのに

 

大学入試が改革されるんでしょう?

教育のプロなら誰でも知っているでしょう?

現中2からです

今の小学生は全員、改革後の入試を受けることになるし、

その改革とやらによって、高校の授業が変わってくる時代の

ちょうど波にもまれるあたりです

思考力重視なんでしょう?

暗記や計算だけじゃどうにもならないようなテストになるんでしょう?

考える力や工夫する力が問われるんでしょう?

漢字練習や、計算ドリルをさせている場合じゃないですよ

責任重大なのは小学校の先生です

自分たちのせいじゃないのに「ゆとり世代」と呼ばれる若者達みたいに

結局は子どもたちのせいにするつもりですか

 

大学受験の予備校講師の知人が「高校では遅すぎる」と

Gフォレストの金森先生は、企業の人事部で名だたる大学生達の面接を重ねるうち、

初歩教育に転職

高校受験の進学塾でわたしも「この時点ではどうにもしてやれない…」と

どんなに正してやりたくても正せない勉強面での思考癖、作業癖?

どんなにやわらかくかみ砕いても習得できない脳内キャパ

何度も限界を感じました…

親御さんの中には藁にもすがる思いで、高い授業料を納めてくれる方も

少なくなかったことでしょう

で、わたしはさらに「中学生はもちろん、小学生では遅すぎる」と赤ちゃんとの仕事も経験

 

すべてのはじまりが、すべての未来につながっている

小学校の先生は、子どもが小学生の間だけを

中学校の先生は、中学生である間だけを、責任とればよいわけではなく、

今後ずっと、子どもたちが背負っていく全ての基礎を、

積んでいる状態になるわけですが、どこまで自覚があるのでしょうか

 

この質問に答えられず、対処方法もわからないような教師が出す宿題など、

やる意味はありません

「お上からのお達し」で宿題が決まっているから仕方ない、と

目の前の子どもたちを見放すなら

なんのために教師になったのか自分に問いただしていただきたい

 

あまりにも

宿題に悩む親御さんが多いので

できれば先生達に

議論していただきたくて

 

どうしたらいいか、考えていただきたくて

 

そして、親御さんたちには、

この渦中にいる子どもたちを守るために

もっと強く、賢く構えていてほしくて

 

まどわされず、しっかりと、目の前のわが子を見て

これは、

長年かけて汚染、破壊されてきた環境を浄化するのが困難な環境問題と同じで、

特効薬があるわけでも、一朝一夕で片付く問題でもありません

だって、やはり長い時間をかけて、わたしたちの暮らしが変わってきた中で、

子どもたちの環境が犠牲になっているのだから

まずはそれを大人としてしっかりと受け止めて、

どうか子どもたちのために

うやむやにしないで

 

宿題免除カード

いつの日か誰もが選べる権利として定着しますように