どんぐり学舎

かてごりー:どんぐり問題

ほら、9歳の壁を越えたら光が

最近、

めざましい「進化」を遂げている数人の生徒を見ていて、

つくづく思うのです

テレビとか、ゲームとか、スマホとか、パソコンとか、安易な加工食品とか

そういうのが生まれた時から「一般的」な現代の子どもの環境に抗って、

最初から環境設定をすごく頑張ってる家の子は特に

高学年にさしかかって、全く違った進化を始めているから

 

「これが当たり前」という環境は蔓延して、

「当たり前のことをしないのは変」という、なんだかおかしな理論で

時には周囲の言葉や態度に傷ついたこともありましたね

でも、

続けてきた

小学校に入れば宿題制限の壁が立ちはだかりました

毎年毎年、学校の先生との話し合いをするのに、

正直疲れてしまうこともありましたね

それでも、諦めずに貫いてきました

 

親が心から納得し、貫くその姿勢は、

子どもに顕著に表れていて、私の目には、

堂々と、自由に思考する子どもの頭の中が見えています

なんて清々しいんだろう、と深呼吸したくなってしまうほどの

 

 

幼児期からゲームを持たせていて、どんぐりを始めるタイミングでやめた家庭

テレビをつけっぱなしだったのを、どんぐりを始めるタイミングでやめた家庭

ゲームやテレビが日常にあった当時の子どもとの生活を思い出すと、

今思えば考えられない理由で子どもを叱りとばしたり、イライラしたりしていませんでしたか

闇雲に出される宿題を、それでも「義務」だから、と厳しく叱りつけてでもやらせていた当時、

親子の間に不穏な空気が流れていませんでしたか

 

正直、

生まれた当初から環境や生活に気をつけていた家庭の子の進化と、

途中で改めた家庭の子の進化とでは、

差があります

それでも、「じわじわ」とせずに、一気に覚悟を決めて改革した家庭の子は、

見事な進化を遂げる訳なのですが、

親に迷いがあると、子どもはその背景を無意識で悟り、伸び悩むのです

どんぐりを始めたものの…テレビはやめられない…

習い事は楽しんでいるし、一気にやめられない…

宿題の事を先生に言うタイミングがない…

究極は、

家庭内にいる大人同士の意見が食い違っている

つらいですね

片方、たとえば母親だけが一生懸命勉強して、努力していても、

父親が全く理解を示さず、むしろ、反発するかのように環境を崩す

母親の留守にゲームをさせたり、テレビをつけっぱなしで放置したり、

宿題くらいさせろ、と怒鳴ったり

家庭によってそれぞれ異なった問題を抱えていて、

全ての例を挙げるのは困難ですが、

本当に苦しんでいるご家庭からの相談も集まってきています

どうしたらよいのでしょうね…

私も一緒に考えはしますが、どうにもならないケースの場合、

本当にお気の毒としか言えません

どうして大人同士…配偶者同士、親子同士、心を理解し合って、

お互いの思いを寄せ合うことができないのでしょうか

勉強の面以外でも、保護者同士の意見が食い違っていて、

子どもは健全に育つのでしょうか

片方の親が、ふたりぶん、さんにんぶんの努力をしなければならないでしょう

 

ところで子どもの、進化とはなんでしょう

どんぐり問題が解けるようになること

わたしは、指導者ですから、どんぐり問題を通してその子の背景が見えます

自由に緻密に思考しているな、という様子

考えることが楽しくて仕方ないんだな、という様子

もう、そうなってしまえば進化し始めている状態なのですが、

そうじゃない場合ってどんな感じなのか

最初から雑

投げやり

(答案を見せた時の大人の反応など)余計なことばかり考えている

そんな感じで、ちらちら時計を見て、「早く終わらないかな~」という状態でしょうか

 

親も努力して、できるだけ環境を整えて、一生懸命やっているのに、

どんぐり問題への取り組みに進化が見られない…

そういう場合、

環境設定が中途半端なんだろうな、っていうのと、

やはり過去が清算されていないのかもしれないな、って感じるのです

 

中途半端な環境設定については…

これ以上もう、私が個人的に追求すべきことではありません

原因がわかっているのに排除しようとしない、

何度もいろんな形でこうしてお知らせしているのに、

「そこまでは無理~」と行動に移さない

それでお子さんが進化しない、むしろ退化する、そして、

中学生になってどうにもならない状況に…なんて、

申し訳ないけれど、これ以上私にはどうすることもできないではないですか

 

そして、過去の清算

子どもが心に負った傷は、そう簡単に癒えるものではありませんが、

傷を負ったことによるその後の対処で、

その傷口は、他の部分より頑丈になる場合もあります

それには、傷つけた当事者によるケアが重要です

ゲームを買い与えたのは親なのに、急に考えを変えて取り上げて、

大好きだったテレビも急に禁止して、謝罪もなければ説明もない、なんて、

私でもぐれちゃいます

究極は、「宿題はするな」と、

先生との話し合いも解決していないのに宿題制限を中途半端にすれば、

学校で子どもは叱られ、さらし者にされるのがオチです

そんな負の経験が尾を引いてはいませんか

 

何度も書きますが、「どんぐり問題」ありき、ではない私の持論です

それ以前に、安定していなければ意味がないのだ、という大切なこと

糸山先生だって、「どんぐり問題もなにもさせないリセット期間」と指示なさる場合があります

それくらい、

子どもの傷を癒やすこと、脳を正常な状態に戻すことが重要なのです

なによりも、心の安定。

 

どんぐり問題による成果が生きてくるのはその後です

めざましい進化を遂げ始めている生徒達は、

もれなく優しい心の持ち主で、

何に対しても興味を持ち、いつもわくわくする目をしています

ひと(わたし)の話をにこにこしながら興味津々の表情で聞き、

外に出れば体をめいっぱい動かして全力で遊びます

もちろん、内向的な性格の子もいます

でも、小さな表情の変化で、私には、心配な子と、心配無用の子の見分けはつきます

 

そんな子たちに私は、なんにも注意することなんかないし、

説教することもありません

 

 

ただただ、頼もしく見ているだけ

親御さんの覚悟と、努力と、様々な壁を乗り越えてきた状況を思うと、

涙が出るほど感動的

ね、「今だけぎゅっとがんばろう」の意味が、わかるでしょう?

 

そこから先は、どんどん楽になるのです

 

親主導でいつまでも育てていこうと思ったら、

高学年から逆にどんどん大変になってしまいます

 

そして大きな勘違いは、

子どもを子どもらしく育てる時期がどんなに重要かということ

いずれ出る社会に対応するために、厳しい現実を早く知らせよう、

なんて考えもあるようですが、

わたしたち大人とは完成度・頑丈さの違う個体、それが子ども

大人と同じ刺激を受けて、その心は安定を保てるかどうか

少し考えていただければわかると思います

 

いずれ出る社会にぶれない強靱な心身の基盤を作るために

子どもらしくあったかでゆったりと安心できる環境を整えるべきなのです

 

「今だけぎゅっと期間」を愛しみ、ふっと顔を上げると、光が

私は今、そんな光に向かってわが子が勝手に走っていくのを、

遠い目をして見守っている

そんな年ごろを迎えています

 

 

ぷろふぃーる
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