どんぐり学舎

かてごりー:自分のためのべんきょう

子どもの心が見える本

児童精神科医の佐々木正美先生の著書はたくさん持っていますが

中でもこの薄い冊子は

市販されておらず

(2000年に佐々木先生が行ったセミナーを

「子育て協会」の方が興したものだそうです)

…たぶん、子育て支援のNPOで少し働いていた時に

スタッフを通じて入手した本のうちの1冊なのですが

いつでも手に取れる場所に置いておき、時々はらはらとめくる本の中のひとつです

できれば多くの大人に読んでもらいたいけれど

わたしがこうしてブログで紹介することで誰かの心にとまれば

その誰かと、その近くにいる子どもたちとの関係は

少し変わるかもしれない

そんな気持ちで少しずつ

引用して紹介したいと思います

どこもかしこも引用したい部分だらけなのですが…

 

その前に…

また最近わたしがこの本を仕事机のまんなかにこうしてどん!と置いてみたキッカケは

子どもたちの、心が…

どうなんだろうな~と思う出来事がいくつかあったからで…

 

たとえばとある中学校の先生たちの、現場からの報告として

…具体的ですが…「万引きを罪と思わない子が増えている」とか

…アメリカで問題になっている「リベンジポルノ」も横行しているとか

(用語の意味は…検索してみてください…涙)

かと思えばわたしの身近にいる子どもたちの中にも

「親御さんは絶対知らないんだろうな~」という一面を

友達同士や、

オーラを消して実はそばにいるわたしのような関係ないおばさん

または

ほとんど受け身に徹していてただニコニコしてるだけのどんぐり学舎のせんせい

であるわたし、の前で

思いっきり出しているのを見てしまって

いったい…この子はどう育っているのだろう…

親御さんに伝えるべきだろうか、どうしようか…と思いを巡らせたり

 

そんなとき、わたしはもちろん思うのです

子どもは絶対、悪くない。

 

ごめんなさい、悪いのはたいてい大人なのです。

自分も含め、反省すべきは大人の方で、

身近にいる大人の生き方、心がけ、言葉かけ、その子への愛

間違った方向でないまっとうな愛

それだけが

こどもの心を育てる一番大切な条件なのです

 

だから少し久しぶりに

この本を机の真ん中に置きました

ブログのカテゴリーにも「自分のためのべんきょう」という項目を増やしました

わたしがどんぐり学舎の主催者として

あるいは母親として

社会人として大人として

学び続けていること、理解したいと苦しみながらもがきながら獲得しようとしていること

もし同じように

学びたい人や

もがいている人がいたら

と思って

少しずつ、紹介したいのです

 

佐々木正美先生(男性)は1935年生まれの児童精神科医です

いまから40年ほど前に児童精神医学の臨床訓練を受けるためにカナダに留学した際、

ドイツの精神分析学者エリクソンについて2人の教授から学んだそうです

以来、ご自身では「エリクソンとの出会いがわたしの出発点」とおっしゃっており、

この冊子ではエリクソンに学んだ「こどもの心」についてわかりやすく解説してくださっています

エリクソンの示すライフサイクルモデルは乳児期から老年期まで8段階に渡ってあるのですが

ここでは児童期、学童期、思春期を中心に、乳幼児期も含めた部分で

略しながら、重要と思われることを紹介しようと思います

 

 

人間の発達

発達の順序性

 人間が発達していくプロセスには必ず順序性がある。だから、首のすわらない赤ちゃんにどんな訓練をしても寝返りは打てない。寝返りの打てない赤ちゃんに、おすわりやはいはいなどは期待することができない。

 首がすわること自体が、寝返りを打つための準備-次の発達へのトリガー(引き金)になっているのです。準備状態ができていなければ、次の状態は達成されません。順序性というものはとてもはっきりしているのです。

 算数の勉強とよく似ている。前の段階が習得されていないところに、次の段階は絶対教えられない。整数の概念ができていない人に小数や分数を教えることは不可能だということです。

 首がすわらなければ寝返りはうてないということは、目で見えることなのでわかりやすいですが、人間の社会的人格の成熟という側面は、非常に内面的なものなので、人が見失いがちなのです。

基礎工事の手抜き

 人間は苦しい時にはいろいろあがきますから、一時的に見せかけの前進のようなものもあって、こんな事はどうせできるようになるさと思わせることもあります。けれども、それは基礎工事ができない建物のようなものです。いい加減な手抜き工事を進めていくことはできます。無理に柱を立てて、壁を塗って、急いで屋根を葺いてしまう。しかし、暴風雨やちょっとした地震で家が傾いてしまって使い物にならなくなってしまう。人格でいうと、しばしばそれが17歳頃に起きるということなのです。

 多くの場合、柱の材質の吟味が悪かったというよりも、最初の基礎工事のところがだめなのです。よく理解できないまま、講義や教科書を丸暗記して、何とか試験をパスするようなものです。ちょっとした応用問題を出されるともうわからなくなります。

 わたしはご縁があって、40歳から63歳までの23年間、毎月ある市の保育士の方々と勉強会を致しました。23年も通い続けると、どういうお子さんがどうなっていかれるかが本当にわかります。2歳のお子さんが25歳になるのですから。本当に勉強しました。本当にたくさんのことを教えていただきました。結果として学んだということになります。

 その中で私が最も強烈に学んだことの一つは、親の前ではよい子だけれども、保育園では困った子どもになる、こういう子どもほど、将来はほぼ間違いなく心配だということなのです。

 小さい子を押し倒す、友達に噛みつく。言うことをすぐに聞いてあげないと、みんなで大切に飼っているメダカの水槽をひっくり返してしまう。些細なことで我慢できなくてイライラする。

 実は、些細なことで我慢できなくてイライラするのは親なのです。それでこどももそうなっている。けれども親の前でするとひどいお仕置きを受けます。ですから親の前ではありのままの姿を見せられないのです。

 屈折していますが、「こっち見て、こっち見て」とその子は言っているのです。「おかあさん、こっち見て」「おとうさん、こっち見て」と言えないから、保育園に来た時に「ぼくの方を見て」「わたしのほうを見て」と言うのです。

エリクソンのライフサイクルモデル

各時代のテーマ: 獲得したいもの   →(矢印以降は)獲得できなかった時の不幸な生き方の典型

     乳児期:基本的信頼…希望!      →不信…引きこもり

     幼児期:自律性…意志!         →恥と疑惑…強迫

     児童期:積極性・自主性…目的!    →罪悪感…抑制

     学童期:勤勉性・完成…適格性!    →劣等感…不活発

思春期・青年期:アイデンティティ…役割!   →疎外…役割拡散・拒否

  若い成人期:親密性・連帯性・生産性…愛! →孤立…排他性

     壮年期:世代性・生殖性…世話!    →停滞・自己陶酔…拒否性

     老年期:統合・完成…英知!秩序!  →絶望…侮辱・屈辱

 

幼児期

自律性が身につく時期

 ロバート・エムディ(精神科医)は、生後6ヶ月から1歳半ないし2歳くらいまでの間の育児が、将来社会的なルールを守って行動できる人になれるかどうかをほぼ決定づける、それほど感受性が重要な時期だと言っています。胎児期の9ヶ月を含めて33ヶ月-生まれた後の最初の2年でほとんど決定的に決まっていると言っています。

 非常に詳細な研究です。4歳-5歳で攻撃的な感情を持っていたら大変危険だということを、とても綿密な追跡調査から言っているのです。科学的な根拠-実証的な研究に基づいて言っているのです。思いつきや想像ではないのです。「母性神話」ではないのです。

自律性を育てるには

 どのようにすれば子どもたちは自分で自分の衝動をコントロールできるようになるのでしょう。ひとことで言ってしまえば、「すぐにできるようにならなくてもいいんだよ」というメッセージを伝えながら、大切なことをコツコツくり返し教えてあげることです。「ちゃんとできるようになるまでいつまでも待っていてあげるから」「何回でも教えてあげるから」。こういう気持ちを子どもに伝えることだと言っていいと思います。

 「誰でもいつかはできるようになるのだから、心配しなくていいのだよ。いつからできるかは自分で決めればいいのだよ」というメッセージを、どう伝えるかということだ。エリクソンは絶えず言っていたそうですself-control autonomyという言葉は本来「自分で決める」という意味なのだとも言ったそうです。なるほどと思います。

 「まだできないの」こんなことは言ってはいけないのです。「何度言えばわかるの」こんな言葉は最悪なのです。

 こちらがコントロールするのではないのです。それは他律です。親の前でよい子で保育園で手のやける子というのは、他からコントロールされている、自律性が最も少ない子です。ほぼ例外なく思春期に困難な子になるということを、23年間通い続けた保育園で嫌というほど教えられたのです。

 これを親に伝えるのが難しいのです。自分は育児が上手だからいい子にしているが、保育園は保育が下手だから難しい子になる、こういう風に思う親がいるのです。勉強会をしてきた保育園では、保育者からは言いにくいので、わたしが憎まれ役を致しました。10年先が見えるような気がする、と。どんなに私を恨んでくださってもいい、間違いだと信じてくださってもいい。けれども、どこかで、あの人が言ったことが正しかったかなと思うことがあったら、思い直してほしいと。何人にも申し上げてきました。

 気持ちを変えられた方と、そうでない方と、思春期・青年期に見事に分かれていきます。

 待っていてあげるのです。まだしたくない、いつするかは自分で決めるのです。「早くできる子がおりこうなのではないのだよ」というくらいの積極的なメッセージでもよいとエリクソンは言ったそうです。そうすると子どもは怠けるかというと、そうではないのです。むしろそういう風に言ってあげた方が、積極的に取り組むようになるのです。

 

(今回の引用はここまで)

気になりますね…「気持ちを変えられた方と、そうでない方と、

思春期・青年期に見事に分かれていきます」

言ってしまったことありますね…「何度言えばわかるの!」

…部屋を散らかしまくっている時だけは…わたし、これを言ってましたね…

でも、言わないように意識しているのです

わたしもただの人間です、自分の欠陥もよくわかっているつもりで、

こういう本もたくさん読んでいますから、

言いながら「これはいかん!」と思っているのです(笑)

他のことではほとんど言わないし思ったこともなかったんですよ

勉強なんかもちろんですけど他の事も、

何回でも失敗すればいつかはできるようになると知っているし、

自分で獲得するしかないのだし(他律の恐ろしさは上記の通りですし)

そんな言葉がどれだけ子どもを追い詰めるか想像できるから

でも、床に物を散乱させたままにしておいたり、

使ったタオルを洗濯に出さずに放り出しておいたり、

わたしの生活にはあり得ない暮らし方をする娘たちに

いらついたんですね、いちいち

幼い頃ならともかく、もう小学生ですから、ちゃんとしなさい!って思っていたし、

ことあるごとに言っていたんです

でも、今は言わないんですよ

床に物が落ちていたら、黙ってビニール袋に集めて、ゴミ袋としてまとめておきます(笑)

それは困る!とだいぶ「床に放置」は減りました

一室、絵本やおもちゃの置いてあるいわゆる「子ども部屋」はわたしの管轄外にして、

自由にさせています

掃除もしません

床になんか落ちていますがそれも放っておきます

いっとき「ゴミ屋敷」などと言ってからかいましたが

それもやめました

なぜだか、先月の終わり、春休みの始まったその日から、娘たちは自分たちで

朝から晩まで数日間その部屋にこもり、

すっかりキレイに片付けて、掃除して、整頓をしたのです

先週、新学期の準備であれこれ自分たちでやっていた娘たちの会話を聞いていたら

「あれ、どこだっけ」

「あれは棚のあそこにあるよ」

自分たちで全部整理したのですっかり把握している様子

元々、旅行の荷造りなども保育園時代からほぼ自分でやらせていたので

今では何にもしてやらなくても完璧にできるのです

子どもは子どものリュックに自分たちで決めて詰めさせ、持たせます

わたしは何も手伝わないのです

片付けない、散らかす、に関しては恥ずかしながら糸山先生に相談したことがありました

その時の禅問答(?)がこちらです

私:部屋を片付けないのが気になります
 

糸山先生:片付けるほうが気になります。

     年に一度大掃除で綺麗にする快感を覚えるようにするといいですよ。

 

私:(あまりにも片付けないのは)やはり親に原因があるのでしょうか…
 

糸山先生:片付けないのが普通。
 

片付ける方が気になります!?

片付けないのが普通!?と衝撃を受けたのと、

大掃除で綺麗にする快感、知ってる!!と思い出したのと、で

それからあまり言わなくなりました

一緒に本を並べ直して「きれいだね~」と一緒に喜んでみたり

「あれあれ」といらないもの集めをして「すっきりしたね~」と一緒にごろんごろんしたり

まあ、時には爆発もしたのですが、基本、「その部屋」は放っておいたのです

そうしたらこの春、娘たちは進化したのです

自律

したのですね

 

こうして日々たくさんの師匠にヒントをもらいながら、

わたし自身が学びを得ている幸福感

これは、自分から学び取ろうとしていることを

つかみ取っているからなのでしょう

この上ないこの幸福感は子どもたちにも味わわせてあげたい

まだまだ将来が長く豊かに待ち受けている子どもたちにこそ

味わってほしいのです

わたしたち大人が制限することではありません

わたしたち大人が手や口を出して決めてやることではありません

 

どんぐり学舎の保護者の皆様や

もしかしてこれを読んでくださっている方々の何人かのかたは

もうすでに我が子の「幼児期」なんて過去になってしまっていて、

生まれて2年で決まるなんて、いまさら言われても…

と逆に思い悩んでしまいそうですよね

 

(実は18歳でこの理論を学んだわたしは

いつか親になったら最初の2年が勝負だわっ!!

って当時から思い描いていて、実際、意識して我が子のその時期を育てたんです(笑))

 

でも、佐々木先生は書いていらっしゃいます

気持ちを変えられた方と、そうでない方と

思春期・青年期に見事に分かれていきます

子どもの気持ちではありません

わたしたち、大人の気持ちです

わたしたちが変われば子どもが変わるということです

 

あきらめないで一緒に学びましょう

佐々木先生と同じように私も言いたいです

ひどいことを言うなあ、つらいことを言ってくるいやなヤツだなあ、って

思われても仕方ありません

わたしは、目の前にいる子どもたちを守りたい

まっとうに、育てたいのです

だからいつか、わたしと別れた後でもいつか気づいたら、意識してみてください

わたしたち大人が変われば子どもは変わる

逆に言うと、

わたしたち大人が変わらなければ子どもは………

 

少しずつ、また引用、紹介します

わたしも学びながら、心から理解できるよう、読み解きながらお伝えしたいです