どんぐり学舎

かてごりー:日々思うこと

親と先生の共通点

小学校5年生の次女に課される学校の宿題は

その日習ったことを復習し、

明日の授業につながる内容の

1枚のプリント

問題数は多くありません

ここ数日、そのような宿題が出されています

次女がやってみると、2~3分で終わるくらいです

その他、音読カードの記入のみです

このプリントなら、

その日、わが子が学校でどのようなことを習い、

授業でどこまで理解できているのか、親は知ることができて、

いいな~

と思いました

わが子の場合は、新しく教わったことを喜んで話したがるので

そんなおしゃべりをしながらあっという間に終わってしまうのです

もし躓いているとしてもそこで気づいてやれるでしょう

お粗末三点セットよりもずっと、

良質な親子関係と子どもの状況を知るための基盤が

構築されることでしょう

 

宿題制限については、わたしの次女と、

同じクラスの少なくとももうひとり(どんぐりっこ)の

親がそれぞれ、新学期早々先生にお願いしています

事前打ち合わせなどなく、めいめいが、自分の考えを説明したのです

私の場合は、「お粗末三点セット」的な宿題はやらせないこと、

それは、学校で、先生の話や授業を素直に受けてほしいから、

学ぶこと、知ること、考えることを大切にしてほしいから、

と説明してあり、

「家庭学習は家庭の裁量で」

と承諾を頂いています

宿題チェック係については、

「昨年度あった係で決めましょうか」という先生の提案に

子どもたちは宿題チェック係を設置しようとしたようですが、

先生の方から「不要です」と設置しなかったようです

それはもしかしたら、私よりも先にそのことについて先生にお願いをしてくれた

もうひとりの親御さんのおかげかもしれません

とにかく、

今年の担任の先生は(去年担任してもらったどんぐりっこの申し送り通り)

とても柔軟で、子どもたちのことを考えてくれる、と

現時点では予想しています

 

というわけで我が家では、現時点はこのプリントを制限せずやらせています

宿題制限すべき内容ではない、と自分で判断したからです

 

どのような宿題ならやらせてもいいか、やらせるべきじゃないか、

最近多い質問です

宿題にしろ、普段の生活にしろ、遊びにしろ、

わたしの判断基準は一貫しています

 

それは子どもの表情と、親子関係です

子どもの表情と親子の間に、

大切なものだけが介在しているかどうかです

 

宿題をやらせないと学校の先生や周囲になんと思われるか

忘れ物をしたら親がどう思われるか

どんぐりの先生に言われたからやらなくちゃ、またはやめなくちゃ

そんな風に子どもとのことを判断していませんか

そこにご自分の考えはどれだけありますか

 

それは学校の先生も同じです

「宿題は学校全体の方針なので…」と家庭裁量を認めてくれない先生は

そこにご自分の教育方針がどれだけ込められているのでしょう

昨日行われた全国学力調査についての記事が

新聞に掲載されていましたね

「底上げ」とはなんでしょう

以前、「お粗末三点セット」を課す理由を尋ねたところ、

「底上げが目的」と答えた先生がいました

全くできない子ができるように、みんなで同じものができるように、と

 

全くできない子は、大量の宿題を課され、家で泣く泣く叱られながら取り組み、

大量反復練習をする必要のない子にも課されたそれらは

自分で考えたい、もっと難しいことにじっくり挑戦してみたい、

という意欲を奪います

その中間点にいる子たちは、親に言われなくても淡々とこなし、

先生の指示に素直に従い、どんなに大量でもきちんとこなすことでしょう

それで、中学校に行ってもそこそこの成績を取り続けますが、

いざというとき自分で何をしたらよいかわからない

指示を待つしかない、依存型だからです

私の経験上、そういう中間点の子は後伸びしません

 

お粗末三点セットの弊害は

「底上げ」目的としても崩壊していること

大量反復練習を必要としない子への妨害になっていること

ただ真面目で指示を待つマニュアル人間を量産すること

それぞれにあるのです

(もしかしたら本当の目的は…その量産なのかもしれないですね)

 

かつて学校には今の2倍の子どもがいました

先生も2倍いたでしょうけれど、

教室には担任の先生はひとり

生徒はぎゅうぎゅう詰めでしたね

それでも今よりも、先生達はずっと個を見ていました

「ノコベン」「居残り」名前は様々ですが、

テストやプリントで理解していない様子が先生に知られると、

放課後残される子がいましたね

ノコベンでは先生は授業中と違ってちょっぴり優しくて、

丁寧にわかるまで教えてくれて、

たまにはアメ玉なんかくれるんだ、と

ノコベン常連の友達がそっと打ち明けてくれたっけ

いつからでしょう

ノコベンが子どもの差別だとか、いじめの原因になるとか言われ出したのは

先生達の善意も意欲も、

そうやって少しずつ、削られてきてしまったのですね

だから、

今も「オカミのいうことを聞くしかない」と

やっとのことで先生を続けている方も多いのです

 

でも、諦めないでください

先生は親の敵ではありません

親も先生の敵ではありません

先生は、誰よりも子どものことを

親も、誰よりも子どものことを

一番に思っている

それが最強で最高の共通点ではないですか

 

子どものためにそれは必要か

本当に子どものためのものか

学校は、宿題は、勉強は、

そして家の中のそれらの道具、設備、遊び道具すべて

 

そこにご自分の判断はどれだけありますか

迷って、悩んで、考えて、

誰にも答えを教えてもらえない

 

すぐに相談にのってくれて、

すぐに答えを教えてくれる人を求めていませんか

まるでスマホに尋ねるように

 

私は…

尊敬し、最も信頼できる、いつでもなんでも相談したい人に、

悩んで悩んでどうしようもない時に相談することがありますが、

返答をいただけないことが多いです

 

返答をいただけないことが返答だと認識しています

 

自分で考えよ、と言われているのだと

だから

今日もこうして考えます

考えても考えても、わからないことでも

 

ぷろふぃーる
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