どんぐり学舎

かてごりー:子どもとのくらしの中で

準備学習と整理学習~子どもたちの今昔~

これから書く文章は、

お子さんをとりまく全ての大人の人に理解してほしい内容で、

特に、

一生懸命子育てをしている親御さんを陰ひなたになって支えるそのまた親御さん

つまり

子どもたちにとっての祖父母の方々に

できれば読んでいただきたいので、

必要ならプリントアウトして、どうか、

日ごろお世話になっている祖父母の方の目にとめていただきますように

 

糸山先生は講演で「子どもたちの今昔(こんじゃく)」について説明なさいました

あ、

糸山先生というのは、「どんぐり倶楽部」という、

子どもの本物の思考力を養成するための教室を福岡県で立ち上げた方で、

何冊もの本を出版し、テレビ(NHKクローズアップ現代)、ラジオ、雑誌等、

全てのメディアでその手法が紹介されたことのある独自の教育法の創始者、

糸山泰造先生です

糸山先生の元で「どんぐり倶楽部」的教育法を学んだ教育者や保護者が、

わが子のため、地域の子どもたちのために全国各地にとどまらず、

世界各国で実践しています

わたしも、その実践者のひとりです

 

さて「子どもたちの今昔」について

地域性や、年代の前後によって多々違いはありますが、

少なくとも自分と、自分の親世代、そして、

25年間子どもたちを観察してきて私が気づいている事実だけを

以下に書いてみます

 

《昔》

学校生活がありました

担任の先生がいて、クラスメイトがいる

今よりクラスの人数は多くて、もしかしたら今の倍近かった時代も

宿題も毎日のように出ていました

 

学校生活外はどうだったかというと…

学校と自宅の距離にもよりますが、

まっすぐ帰宅せず、寄り道したり、遊んだりしながらのんびり帰りました

往復の通学路だけで2時間くらいの外遊びをしている計算になる場合も

帰宅すると荷物を家に置いてすぐに外へ遊びに行きました

虫取り、釣り、鬼ごっこ、ガキ大将を中心とした集団遊び

小刀は全員が携帯していて、木の枝を削ったりするのはお手の物

川で泳いだり、神社で大きな石から飛び降りたり、

真っ暗になるまで、

大人の目の届かない場所で自由に遊びました

 

※私の時代はそこまでではありませんでした

新興住宅地で育ったため、豊かな自然環境こそありませんでしたが、

公園や空き地や路地には子どもが溢れかえっていて、約束しないでも誰とでも遊べました

少し遠征するとオタマジャクシのいる小川や、野良猫がすみついている木陰などがありました

自転車でどこまでも行きました

放課後、学校近くの駄菓子屋でお菓子を買って

校庭の遊具で友達といつまでもおしゃべりしていました

筆箱には長方形の鉛筆削り用のナイフ(ミッキーナイフと言うらしい)を常備

それで誰かを傷つける事件など、私の周囲ではありませんでした

 

《今》

学校生活

担任の先生がいて、クラスメイトがいる

昔から変わりません

クラスは少人数学級を理想としていて、低学年だと20人台のクラスもあります

高学年でも30人強

宿題は全国的になぜかほぼ統一された内容が出されています

それは

「漢字練習」「計算ドリル」「教科書の音読」の三点セットです

連休前ともなると、A4版のプリント裏表に

びっしり算数の問題が刷ってある宿題を3枚も4枚も出されることがあります

夏休みなどは言うまでもありません

 

では、学校外では…?

多くの子が「習い事」をしています

低学年、いいえ、園児時代からしています

スイミング、英会話、そろばんなどから始まり、

かつては高学年から入るのが普通だったスポーツ少年団の野球やサッカーも、

少子化の影響で1年生から入部を案内され、入る子が多いです

入らないと遊び相手がいないから、という話も聞きます

塾や反復計算教室も低年齢化しています

放課後の寄り道は禁じられていて、

見つかると学校に通報される地域もあります

いったん帰宅して学校の校庭で遊ぶことも禁じられているところが多いです

子どもが自由に遊べる場所は年々減っていて、

路地で遊ぼうものなら「危ない」と学校に通報されます

神社で遊んでいたら、近所の家に「うるさい」と通報された子もいます

そもそも、低学年から「6時間授業」が始まり、帰宅するのは夕方4時前後になります

それから遊ぼうにも時間がなくて、宿題の量も多いので、

親に「宿題が終わってから遊ぶ」と約束させられている子たちは、

夜まで宿題をやらなければならないので友達と遊ぶことはできません

「遊んでからでいいよ」と言ってくれる親の家庭でも、

宿題を始める時間が遅ければ、夜10時までかかっても終わらなかった、などという話も

珍しくありません

宿題が嫌で、泣く子に無理矢理やらせている、という例も

遊ぶ場所が少なくなったからなのか、

先に普及したのかわかりませんが、多くの子は携帯型ゲーム機を一人一台持っていて、

家の中で一人で遊ぶことが増えました

昔、流行したテレビに接続するゲーム機と違って、どこへでも持ち歩けるので、

友達と持ち寄って遊ぶこともできます

だから、

天気のよい日に公園に集まって、

…向かい合って黙々とゲームをしている子もいます

家族で食事や遊びにでかけても、それぞれがゲーム機や携帯電話の画面を見つめている光景を、

見たことはありませんか

あの光景を見ても何とも思わないとしたら…

そういう方はこの文章を読んでも何とも思わないかもしれません(笑)

 

他にも、少なくとも学校外で、子どもたちをとりまく環境は大きく変化してきています

もちろん、学校内も変わってきていますが、

今回は、学校外での子どもたちの暮らしに焦点をおいています

 

糸山先生は講演でおっしゃいました

 

「20分や30分の宿題なら、外遊び2時間でその悪影響を消すことができる」

 

宿題…

悪影響…?

そんなはずはない、とお思いでしょう

学校の先生が出す宿題が、子どもにとって悪影響であるはずはない

もちろんです

先生が、子どもたちの日ごろの授業での様子、習熟状況、興味関心など、

全てわかった上で吟味して作成してくれた、明日の授業へつながる宿題なら、

よい影響しかありません

 

でも、そうでない宿題が多いです

宿題は、先生個人個人で決められない、という学校もあるようで、

まるで旧態依然とした会社組織と同じで、

先生個人の能力や人格は、あまり伸び伸びと出せないようです

どの先生も、子どものためを考えてくれている…そう信じたいけれど…

使っている教材、出される宿題などを見ていると、

先生達にとっても抗えない大きな力が働いているのだなあ…と感じている近年です

 

たとえば

その日、学校で掛け算を習いました

学校で習って、すっかり理解できた子どももいれば、

よくわからないなあ…と思う子もいるでしょう

宿題には、掛け算の計算問題の反復練習が出されます

もう理解できて、授業中も練習した子どもにとって

反復練習は苦痛で、惰性で書くしかありません

よくわからなかった子にとっても、

わからないままもしかしたら近くで監督する親が、

「こうでしょ、ああでしょ」と文句を言いながら教え込んで、

やっとのことで最後の問題まで解けたとしても、

あまり頭には残っていないのです

 

子どもが理解する、というメカニズムに、

反復練習は実は効果的ではありません

効果的になってくる段階もありますが、

少なくとも小学生にはあまりいい効果はありません

それは、私たちの専門知識でもあるし、今回の話題から少しそれるのでまたの機会に…

 

でも、

たとえ反復練習の宿題が出されたとしても、

それが30分以内に終わる内容だったら、

外遊び2時間でたいした影響力は持たない、と糸山先生は言っています

 

それはどういうことでしょうか

 

みなさんが育った時代、子どもは外で遊び、仲間や、自然と遊ぶ時代、

それら全てが「準備学習」だった、と糸山先生は言います

いえいえ、学習なんかじゃありませんよ、遊んでいただけですよ、

とおっしゃりたいでしょう

とんでもない

みなさんが過ごした子ども時代が、

いかに豊かで、いかに知的で、子どもが自主的に、自然に伸びる要素をたくさん含んでいたか

 

少なくとも、

上記の「今」の子どもたちの「学校外」の生活と比べてどうですか?

ひとりでゲームで遊び、宿題や習い事に追われて遊ぶ暇もない子どもたちは、

遊んでばかりいた昔の子より、賢くて、優秀でしょうか

 

かつてその「準備学習」が充実していた頃は、

学校で習うことは「整理学習」であった、と糸山先生は言っています

 

具体的に言えば、木の枝を拾い、折る、オシロイバナの種を集める、

綺麗な石ころを集めて分けるなど、

子どもが子どもらしい遊びの中で自然と身につける数感覚が豊富にあり、

その後で数式を習う

それが整理学習となる

 

いろんな年代の子と遊ぶ

小さい子も混ぜる

一緒に遊べるように遊びのルールを工夫する

どうしようか相談する

その上で言葉を習う、ルールを習う

それが整理学習になる

 

私は、25年間ずっと、小中学生と一緒に時間を過ごしてきて、

気づいてしまっています

昔の子にあって、

今の子にない、力に

そして、その力は、準備学習もしていない状態で学校に委ねるわけにはいかないことを

学校で、生き生きと過ごすためには、学校外での生活をいかに豊かにするかということだと

これは大人の責任です

ここまで子どもたちの「遊び」と「自由」を奪ってしまった以上、

昔の子のような自由気ままな放課後や休日を充実させるために努力すべきは

子ども本人ではなく、子どもを取り巻く大人たちなのです

 

でも、私は嘆きません

 

私は「どんぐり倶楽部」的教育法の指導者として教室を開いていますが、

それは、こうして、子どもを取り巻く環境の変化と、学校だけに責任を押しつけないこと、

親や、祖父母など子どもに関わる全ての大人たちがもっと今の子どもの環境を理解し、

「準備学習」を意識した環境作りに本気で取り組んでほしいことを伝えるためでもあるのです

学力低下?

学級崩壊?

これ以上、それらを学校の責任だと押しつけたら、

子どもたちはますます、学校で窮屈な思いをすることになります

もちろん、学校の先生にもご理解いただき、子どもたちの伸び伸びとした日々を一緒に守ってほしい

伸び伸びとリラックスしている時にこそ子どもは能力を開花させるのだということを

心から理解してもらいたい

学力低下問題を抑えるために、文科省がすることは、子どもの開放どころか、締め付けばかりです

学級崩壊問題を抑えるために、

いま、なぜか、「病気」というレッテルを貼られ、薬を飲んでいる子どもが増えているんです

 

もっと、ほんとうの、現実に目を向けて、

そして、目の前のわが子、お孫さんを真剣に見守ってください

 

私は嘆きません

私は、「準備学習」である子どもの自由な遊びをどうにかして確保します

わたし自身、子育て期間はそうしてきました

そろそろ「子育て」も終盤にさしかかってきている私ですが…

 

信じられないかもしれませんが、わたし自身の子どもとの生活に、

テレビはなく、ゲーム機も未だにありません

親の私ですら、スマホも持っていません

習い事はなく、放課後は暇で暇でしょうがない娘たちです

幼い子どもたちとショッピングモールや、テーマパークに行ったことはありません

遠出できる余裕があるなら、できるだけ人の手の入っていない自然環境を求めて、

山や川、海に行きます

近場でも、ただ、自転車で走り回ったり、

路地を歩いたりして、なんでもない散歩をして自由気ままにしています

車に乗る時も、必要な時以外、ナビの画面は消しています

カーステレオもつけません

一見、特異な育て方に見えるかもしれませんが、

実は、これって、みなさんの子ども時代に似ていませんか

テレビ?ゲーム?ショッピングモール?スマホ?ナビ?

そもそもそんなものは、なかったはずです

なくても、子どもは強く、優しく、賢く育っていたはずです

運動会の練習で何人もが骨折するような

全校集会で何人もが倒れて保健室に運ばれるような

そんな子どもはたくさんいなかったはずです

毎日毎日、漢字練習と計算練習をしているはずなのに、

学力低下する子どもたちです

 

子どもを情報で満たすこと、物で満たすことで失う力はたくさんあります

どうか、子どもの力を奪うような環境は今すぐ撤去して、

近所に散歩にでかけたり、

一緒に畑仕事をしたり、

ご自身の子ども時代を思い出して、過ごしてみてください

習い事で満たすのではなく、宿題を徹底するのでもなく、

まずは、準備学習が豊かに満たされているか、親御さんと一緒に意識してみてください

 

びっくりするような、

賢く、優しく、たくましいお孫さんに育ちますよ

 

私は、自分の子育てが終盤を迎えても、まだまだ、子どもたちとその親に、

メッセージを伝え続けます

 

どんなに大切な時間か、

習い事をやめて、宿題にとらわれず、まずは自由に外遊びをする時間を確保することが大事か、

子どもの心と体と脳にとって最も大切なことを、忘れないで、って伝え続けます

 

ぷろふぃーる
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