どんぐり学舎

かてごりー:どんぐり問題

具象と抽象  さんすうから方程式へ

夕べ、中学1年生に解説した「一次方程式の利用」の一問目

 

ある中学校の1年生の人数は、男子は女子よりも14人多く、男女合わせると162人です。

1年生の女子の人数を求めなさい。

 

その1時間前まで小学生とどんぐり問題を解いていたわたしは

解説を板書しながら(中学生でも絵図)

あー これなら方程式じゃなくてどんぐり的に解いた方が断然早いじゃん

とぶつぶつ言ってしまいました

あわわ…脳内スイッチを切り替えて…

求める数、女子の人数に文字をおいて、

女子の人数 X(エックス)

そうすると男子は14人多いから(X+14)

合わせて162人だから

X+(X+14)=162

これを解くとX=74で

女子の人数は74人

 

方程式を作るという過程を説明するための例題なので最も初歩的なレベルの問題です

 

で、これを小学生が解くと

 

全部で162人かあ

男子が14人飛び出てるからその子たちをこっちに置いておいて…(162-14=148)

で、これで男子と女子がおんなじになったから半分つして(148÷2=74)

女子は74人だよ!

 

となるわけです

こっちのほうが早いし簡単だし物語になってるし…

と思いますが方程式もとても便利なので

中学生になったら文字を使って式を立てることを

できるようにならなくてはなりません

だってそのうち関数だって因数分解だって出てくるし

もう、物語として読み取って絵図にできる問題ばっかりじゃなくなってくるし

なんの世界の話?みたいな問題が増えてくるのです

そんなことになったらもう脳内は抽象の渦なのですが…

 

わたしたち大人も、実は脳内で、

具象と抽象をいったりきたりしながら物事を考えています

上のような問題なら大人なら自然と「小学生的」(どんぐり的、またはいわゆる“和差算”として)

に答えを出しているかもしれません

でもわたしは例えば時々料理のレシピを見ながら

比の方程式を立てて分量を決めることがあります

たとえばレシピには

小麦粉50g、砂糖15g とあるのに小麦粉が中途半端に使いたい場合…

たとえば小麦粉を70gにしたいなあ、と

そうするとメモに

50:15=70:X

と式を書いて解く、するとX=21、ああ、砂糖は21g、ま、だいたい20gでいいか、とか…

方程式は便利だなあと思います

もちろんこれもどんぐりで解けると思いますが、実用的なのはこの場合方程式です

 

中学2年生の連立方程式の文章問題の教材を作っていたら小学5年生の娘が解いてみたい、

と近くに来たので 見せてみると

鼻歌交じりのどんぐり解きでどんどん解いてしまいました

もちろん、文字は使いません

全部絵図です

 

なんでしょう、文章問題を「物語」として読み取れる子が少なくなっています

なにを言っているのか一読で理解できない、

一読で答えを出せ、という意味ではありません

一読でなんの話かは理解できるかな、という意味です

「一学年162人いて、男子の方が14人多いんだって。じゃ、女子何人?」

っていう、お話を理解しているか、ということです

(こんな風に“翻訳”するだけで「ああ」と思考をスタートする子も多いです)

数字が複雑で、わけのわからない問題も多いです

小学生でも、分数や、小数のところでは、日常生活ではあり得ないような数値が

無理に文章問題に押し込められていて、イメージするのが難しいなあ、というものもあります

 

ペンキ3・4/7(3と7分の4)リットルで壁2・1/5(2と5分の1)㎡塗れます

 

とかそんなの注意力が数値にいってしまいますよね

ただ、ある程度の面積を塗るためにある程度のペンキが要るんだ、という

お話を理解するには面倒くさい数値です

それでも、数値はともかくまあ、そういうお話なんだね。と理解できる子は

最初から思考が動き出します

さっさと絵図にして解いてしまうのです

 

小学生のうちに、できるだけ具象で物事を考えられたら…

どんな複雑な数値が出てきても、それがいつか抽象になっても、

思考回路はできていますから、難なくクリアしてしまうはずなのです

でも、早いうちに抽象で考えることを教えたり、

低学年から早くも計算問題のような ザ・抽象的 な問題ばかりを反復させたり

そんなことで子どもの脳は

ほんの短い文章問題でもそれをただのお話として理解しようともせず

数字が出てくればそれを式にしなくては、割るのかな、足すのかな、ということばかり考えて

これはもう、本末転倒です

だってたぶん算術というのは、なにかを建築するために、なにかの統計をとるために、

考え出された大発明なんでしょう

まずはそこに物語があったはず

3+5=8

じゃなくて

3つの何かと5つの何かが一緒になって8つの何かになる

という

ストーリーが先です

遊びながら、食べ物やおもちゃを分けながら、かけ算も割り算も子どもたちはしています

体を動かし、不安定な地面でもバランスをとって遊ぶことで等式の感覚も体感しているといいます

だから自然の中で遊ぶことは大事なのです

小学生になるとそれが数式にされます

食卓のミニトマトを即座に家族に等分できる次女が

初めての宿題(計算プリント)の1問目の「3+5」を見て

「なにこれ!どうにやるん!」と第一声をあげました

3は数字の3であってただの記号で

指でもミニトマトでもなんでも、○ ○ ○ と並んでいるそれだけが3だった次女にとって

数字だけの、足し算が並んだそのプリントにはなんのストーリーも見えなかったのでしょう

 

長女が自主学習ノートにどんぐり問題をやっていったことが1度だけありました

問題を貼って、絵図を描いて、具象で思考し、正解。

提出して、戻ってきたそのノートを見ると

「□を使った式で解けますね」

と先生のコメントがありました

方程式で解けるということです

長女はそれきり、どんぐり問題を自主学習ノートにしていくのはやめました

 

大人は「ざっくり」計算したり、目安を立てたり、具象と抽象を使い分けて思考しています

進学塾勤務時代、模試の時間割を作る時、5教科45分ずつで5分ずつ休憩を入れて…

と板書していたら

同僚や先輩と45分後の時刻の考え方で議論になりました

わたしは頭の中に時計が浮かぶので針を動かして考えていました

180度、30分後まではワープして、そこから15分動かしていました

同僚は45分は1時間に15分足りないから1時間後を考えてそこから15分引くのだと言いました

先輩は10,20,と足していって最後に5を足す、と言いました

競争してみたら全員同じくらいのスピードだったので(笑)

どの計算方法がいいのかはその人次第なのだと思います

自分なりの考え方がある人は

具象思考の経験が豊富な気がします

それぞれの思考について議論してみると

それぞれに面白いアイディアを持っていて、こだわりもあって本当に楽しいのです

 

子どもたちにももっと自由な発想で

いろいろな問題を解いてみてほしい

いろいろな考え方で正解を導き出す楽しさを味わうと

自分なりの考え方を見つけたいという意欲が湧いてきます

「このように解きなさい」と誰かが考えたやり方を覚えさせられるよりずっと

わくわくするはずです

でもそれも…

子どもたちの発達や、教科書の内容からしても…

小学生…4年生くらいまでが重要な気がします

そこまでに抑えておかないと、どんどん、変てこりんな渦に子どもたちが巻かれてしまいます

やはり糸山先生のおっしゃるとおり、9才の壁、

遅くても12歳までに身につけたい…ということなのですね

 

ぷろふぃーる
« 2017年12月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

あーかいぶす

最近の記事

かてごりー

どんぐり学舎 RSSフィードはこちら